咲-Saki-阿知賀編SS『だけど見つめていたくて』

 休憩タイムにドリンクを飲み飲み。きりりともゆるるともつかない顔。
 ぱっちりとした目を、長いまつげが飾っている。
「しずってさあ、可愛いよね」
「えっ」
 テーブルを挟んだ向こう側をぼんやりと見ていたら、自然と出てしまった言葉がそれだった。
 褒めるにしてもいきなり過ぎたのか、しずは豆鉄砲を食ったような顔をしている。
「なななな、なに言ってんだよ憧ってばもー」
「いやぁ、なんとなく」
「かわ、可愛いとかあるわけないじゃん。だって私よく、猿みたいって言われるし」
 飲み損ねたドリンクをジャージの袖でぬぐっている。明らかに言われ慣れてない反応。
 どうやらあたしの知らない間にも、誰かに可愛いと言われることはなかったようだ。
 あたしの目から見たら、どこから見たってじゅうぶん可愛いのに。
「猿みたい、ねえ……」
 しずの顔をまじまじと見る。
「な、なんだよぉ……」
 顔は別に猿っぽくはない。しいていえば、幼い人間のメスだ。ロリともいう。
 いまだに野山を駆け回る野生っぽさについてはケモノ的といえるので、たぶんしずを評した人たちはそのことについて言ったのだろうと思うけれど。もし、しずが解釈しているように、本当に容姿についてその言葉が用いられていたというのなら、猿という表現にはいったいどういう意図があったんだろうか。
 テレビで見かけるような猿の扱いはどうだったろう。
 わりと好意的な見られ方をしていたように思える。
「その猿みたいってさ、可愛い猿みたいに可愛いよって意味だったら、別に悪い表現ではなかったじゃない?」
「えー、そっかなぁ」
「豚とかだったら、さすがにちょっとあれだけどさ」
「たしかに、豚よりは猿の方がいいかもしんないけど」
「でしょー?」
「でも猿ってのもなー」
 普通に考えれば侮辱の表現としか受け取れないかもしれない。
 あたしだって猿みたいって言われたら、たぶん怒る。っていうか殴る。
「でも改めて考えてみると猿って賢いし、小さいのは可愛いって言われることの方が多いよ」
「うーん、そう言われると、そう言われるのも悪くないかもって思えてきちゃうかなぁ?」
「しずってすごいよね。麻雀を打つ猿だもん。賢すぎ」
「それは絶対バカにしてるよ」
「えへっ、ごめーん」
 口だけで謝る。さすがに今ので喜びはしなかったか。
 言葉だけで騙せるほど頭は悪くないんだよね。
 というか、計算はできないけど、たぶん勘はいい方なんだと思う。
 一緒に打ってて、そう思う。
 直感だけで、何も考えてないってことかもしれないけど。
 打算で動かないところは、子供というか何というか。
 だから育たないのかなぁ、色々と。
「まあでも、しずってほんとガキだよね」
「なんだとー、そっちだけ急成長したからってー」
 そう。たくさん育ったよ。
 しずに付き合って走り回ってたおかげかな、健康な身体はすくすく育っちゃって。
 ついでに気持ちも育っちゃった。会えない時間が愛育てるのさ、みたいに。
 一緒に走り回ってたしずの方は、どういうわけかそのままだけど。
「ホント、しずはあの頃とさっぱり変わらないよね。不思議」
「そんなことないやい」
「少なくともジャージとか」
「うぐ……」
 ちょっとぐらいオシャレに気を使ってみれば、馬子にも衣装というか。
 きっと周りが一目置くぐらいには変わると思うんだけど。
 元がいいから逆に磨かないタイプなのかも。必要性を感じないから。
 まあ、あんまり人気が出てもあれなので、これでいいのか、しずは。
「そういう憧は、なんでそんなに変わったのさ」
「ただの成長期でしょ」
「そうじゃなくて、格好とか、前と全然違うじゃん」
「長い間会ってなければ、多少なりとも、普通は変わってるもんだよ」
「憧は変わりすぎだよ」
「じゃあ和はどうだった?」
「……おっきくなってた」
「特に胸がね」
「……うん」
 別に変わらないことが悪いことってわけじゃないけど。
 見る目のなさも相変わらずって感じだ。
 前よりずっと可愛くなったあたしに、可愛いの一言もないんだから。
 思えば、腹立たしい。
「やっぱしずは猿でいいわ。今度から猿って呼ぶね」
「やだそれ、やーだー」
「おさーるさんっ!」
「うっきー!」
 それに、サル者追わずのしずには、ピッタリだと思うし。
 違う中学行っただけで、全然連絡来なくなったのにはびっくりした。
 離れても変わらない仲良しだって、信じて疑ってなかったんだから。
 いつも一緒に遊んでたような親友って、普通、もっと近いもんじゃん。
 いい加減こっちから連絡しようかなって、ずっと迷っていたところに、和がきっかけで連絡が来るなんて。
 しずのことで、嫉妬させられるなんて。
 すっごく悔しかった。
 おかげで麻雀は強くなってます。全中覇者さんありがとうございますー。
「……まぁ私は、頭は猿レベルかもしれないけどさぁ」
 しずが口を尖らせて言う。
「認めちゃうんだ?」
「憧みたいに計算ができないのは事実だし」
「計算が全てじゃないけどね」
「赤土さんのアドバイスもすぐに飲み込めちゃうし。やっぱり憧は晩成入ろうとしてただけあって、頭いいなぁって思うよ」
「ああ、どうだか?」
 計算ならここ数年で盛大にミスってるし。
 ずっと前から決めてた志望校に行くのやめて、麻雀部さえ一から作らなきゃいけないような学校に来ちゃったんだから。
「……あたしもけっこう、しずのこと言えないんだけどね」
「あれ、憧が謙遜なんて珍しい」
「あははっ、そういうのじゃないって」
 こんなふうに、ずっと追いかけなきゃなんないのかな。
 あーあ、バカだなぁ、あたし。

<了>

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