咲-Saki-SS『OurBaby MyBaby』

 県予選の団体戦を見事優勝で終えた私たち清澄高校麻雀部は、八月の全国大会に向けて二度目の合宿中。校内合宿所の一室で、今日もいつものように特打ちを行っている。
 部長は相変わらずだけど、優希ちゃんと染谷先輩は決勝で思うように活躍できなかったことを気にしているのか、今回の合宿ではずいぶんと真剣に取り組んでいるように見える。優希ちゃんはタコスを食べずに打ち続けて集中力を養い。染谷先輩は切り札の力をより高めるため、メガネを外さない状態での判断力を鍛えている。
 この合宿は全国大会に向けての戦力の底上げが目的であるため、卓を使用するのは出場者のみ。つまり事実上の女子部員専用となっている。機材を運び終えたあとやることがなくなった京ちゃんは、合宿所周辺の草むしりなどをしているらしい。その丁寧な仕事ぶりは合宿所の管理人さんたちにも評判がよく、重宝されているようだ。

 そんな感じでみんなは順調。と言いたいところだけど、原村さんだけはここしばらくどこか調子がおかくて……。私たちがまだ未熟だった前回の合宿のときよりもひどい状態だなんて、いったいどうしたんだろう。
 常に堅実ながらもその内には強い情熱を感じられていた原村さんの打ち筋が、今は見る影もない。一緒に打っていても、楽しさを感じられないのだ。
 さすがにおかしいと思ったのか、窓際でくつろぎながら対局を見ていた部長が眉をひそめて問いかけた。

「和、どうしたの? この頃はあなたらしくもない」

「最近少し、気持ちが悪くて」

 原村さんは今にも溜息をつきそうな、弱々しい顔色と声色でそう答えた。
 本当に体調が悪かったんだ……。原村さんが辛そうにしていると、なんだか私も辛くなってくる。

「原村さん、調子が悪いなら寝てたほうが」

「え、ええ……」

 少し朦朧としているのか、私への返事もどこか歯切れが悪い。

「風邪かしら」

 原村さんの額に手をあてた部長が、あてが外れたとばかりに眉尻を下げた。
 風邪と言われればそう見えなくもないけど、とりあえず熱はなさそうだった。

「他には特に、風邪らしき症状はないのですが」

「吐き気がするだけ?」

「……いえ……」

 他に気になることでもあるのだろうか。原村さんの表情がかすかに曇った。

「……ふむ。和、ちょっとこっちいらっしゃい」

 何か気が付いたのか、部長が原村さんを連れて部屋を出て行った。
 わざわざ外に出るということは、私たちには聞かせられない話をしに行ったんだと思う。
 気にはなるものの、そういうことなら聞きにいくわけにはいかない。
 三人では当然四人打ち麻雀はできないので、残された私たちは自然と休憩に入る。私はもやもやとした気分を晴らすように伸びをした。

「原因不明の嘔気とは、まるでつわりじゃのう」

「つわりかー。箱入りのわりにのどちゃんも隅に置けないじぇ」

 染谷先輩と優希ちゃんが茶化すように突飛なことを言い出した。

「えっ、つわりってそんな」

「和はモテるけぇ。子作り相手の一人や二人、いてもおかしくないと思っとったが、大会前とはまたタイミングの悪い話じゃあ」

「こ、子作り相手って、男のひと――?」

 何かの病気なんだろうか、としか思っていなかった。
 まったく頭の中になかった言葉を続けて聞いたことで、戸惑いを隠せない私の声はうわずった。

「まあ、女同士じゃ子供はできんのう」

 原村さん、彼氏なんて、いたんだ……?
 でも今の今まで、その人のために時間を割いているような感じは全然なかったのに、本当にそんな人、いるのかな……。

 まさか……京ちゃん?

 そうだ。京ちゃんはずっと原村さんのことを気にしてたみたいだし、きっと私の知らない間に関係を深めていたんだ。
 それなら。に、妊娠させてしまったというのなら。幼なじみとして、ちゃんと責任をとるように言っておかないといけない。
 弱気な私をいつも勇気付けてくれた、あの綺麗な華が傷付くようなことが、絶対に起こらないように――

 私が京ちゃんと話をするために部屋を出ると、部長と原村さんはそれほど距離がない廊下の曲がり角の先で話をしているようだった。ほとんど聞き取れない程度ではあったものの、深刻そうな、抑えた声が聞こえてくる。

 ……気になる……。

 盗み聞きなんてよくないことだけど、京ちゃんの幼なじみである私は幼なじみがいったい何をしでかしたのかを知る義務があるような気がした。
 原村さんにそんな素振りが見られなかったということは、もしかしたら無理矢理だったのかもしれない。罪を犯したというのなら、その責任も刑罰とは別の形でとらせなければいけない。
 足音を立てないよう曲がり角に近付くと、静かに話す原村さんと部長の声がはっきりと聞き取れるようになった。
 息を殺して耳を澄ます。
 妙な緊張で、心臓の鼓動が早まっている。

「ごまかしても無駄よ。隠してること、あるでしょ」

 部長の声だ。原村さんを問い詰めているようだ。

「……実は……遅れてるんです」

 遅れてるって……本当にそういう話なんだ。

「やっぱりか。心当たりは?」

「先月、その人が眠っているところを……」

 は、原村さんからだったんだ。意外と大胆……。

「避妊は?」

「大丈夫な、はずでした」

 うわ、どんどん大人の話になっていくよ……。
 本では読んだことあったけど、実際に身近で聞くのは初めてのことで、しかもこれは友達の話。意外な一面、隠していた一面を一気に見てしまうようで、なんだか盗み聞きという行為以上に、すごく悪いことをしているような気分になってきてしまう。

「安全日の避妊率を過信したのね。相手が知らないとなると、事情が事情だけに言い出しにくいわね」

「迂闊でした」

「それで、和は産みたい?」

「……はい。大好きな人の子ですから」

 大好きな人――
 原村さんのその言葉を聞いたとき、胸がちくっと痛んだ。それはまるで毒針で刺されたように、毒が、痛みが、じわじわと広がってゆく。
 明らかに、友達へ向けるには過ぎた感情のこもった一言。友達という関係では決して言ってもらえない、特別な言葉。
 こんなに一途な原村さんの気持ちを独占できる京ちゃんが、すごく羨ましく思える。

 ――痛い。

 ……友達の心が誰かに占有されることって、こんなに辛いことだったかな……。
 別に、会えなくなるわけじゃない。
 私との関係が、特に変わるわけでもないはずだ。
 なのに、どうしてこんなにも……。

「そう。相手は認知してくれそう?」

「わかりません。たぶんまだ、私の気持ちにも気付いていないと思いますし」

「っ――!?」

 とっさに両手で口を抑えた。驚きのあまり、思わず声が出てしまいそうだったから。
 そんな、原村さんが一方的にしちゃっただなんて……じゃあ京ちゃんには全く非も責任もないんだ。
 それどころか、これじゃ原村さんが悪者になってしまう。

「……呆れた。和はもっと理性的な子だと思ってたわ」

「自分でも驚いています。こんな気持ちになったのなんて初めてのことなんです。その人のことを考えるだけで、それだけで、どうしようもなく体が火照ってしまって……」

「もうすぐ全国大会が始まるっていうのに和がその調子じゃあね……なんて言っててもしょうがないか。事情はわかったわ。とにかくもう和は帰宅して、やるべきことを済ませてくること。いい?」

「はい……すみません」

「まあ相手が誰であっても和なら大丈夫でしょ。きっと受け入れてくれるわ」

「……そうでしょうか。そのことを考えると、もう、夜も眠れなくて……」

 原村さん、認知してもらう以前にまずは赦してもらわないといけないだなんて、大変そうだな。
 それに、そういう事情だと部外者である私なんかがしてあげられることはほとんど無いかもしれない。何も知らない京ちゃんに、私から話すわけにもいかないし……。

「ところで、もしかして相手は須賀くんだったりするの?」

「いえ、それは絶対にありえません」

「そうよね。全然興味なさそうだったし」

 えっ、京ちゃんじゃないんだ……?
 じゃあ、相手はいったい誰なんだろう。
 私が知らない人……なのかな。

「和をここまで虜にしちゃうなんて、いったいどんな殿方なのかしら。ぜひ見てみたいものね」

「…………」

 いつも私に見せてくれていたひまわりのような優しい微笑み。それ以上に優美で愛情に溢れていて暖かい太陽のような表情を、きっと私の知らない人だけに見せている。
 もしこの件がうまくいって、結婚したら、原村さんはその人に付きっきりになって、私と麻雀を打ってくれなくなるかもしれない。

 原村さんが私のもとから離れてしまう。

 ……そんなの……やだよ……。

 二人の話はまだ続いていたけれど、もうこれ以上は耐えられそうになかった。いたたまれないほどに、私の胸が苦しくなっていたからだ。
 潰れそうなぐらい締め付けられる胸のあたりでひどくざらついている気持ちを抑えながら、私は重い足取りで部屋へと戻った。
 私は相当ひどい顔をしていたようで、部屋でじゃれていた染谷先輩と優希ちゃんに心配をかけてしまった。
 その夜はどうしてか、心にひどく曇がかかっていて、枕に落ちる雨が止まなかった。

 翌日、原村さんが帰ると、私は抜け殻のようになった。
 まるで体の芯を失ってしまったかのように、何事も手につかなくなってしまった。
 部長が「大丈夫よ。和は、あなたの心配するような事態にはならないから」なんて笑いながら言ってくれたけど、そんな言葉を信じられる気分では、とてもなかった。
 私にとって原村さんは、これほど大きな存在だったのだと、痛切に思い知らされた。

 それから数日が経ち。合宿所に戻ってきた原村さんは事態が深刻でなくなったことを話してくれた。それを聞いた私は少しだけほっとした。たった数日なのに、数ヶ月ぐらい会っていなかったような気がする私の友達は、気分の悪さはだいぶよくなったようで、相変わらずとても綺麗だった。
 瑞々しい色を取り戻した形のいい唇に目を奪われながら、私は彼女の話を聞いた。
 妊娠検査薬では陰性と出た原村さんは、まだ月経の遅れが続いていたこともあり、念のためにお医者さんに診てもらったそうだ。
 診断結果は、想像妊娠。
 本当に妊娠しているわけではなく、本当に妊娠しているかのような状態になってしまう症状らしい。特定の相手との赤ちゃんを強く望んでいる場合などになることがあるそうだ。
 しばらくすれば元の調子に戻るとのこと。
 大事にならなくてよかった。って言うべきなのかな。

 それにしても……。
 やっぱり原村さんには、そんなになっちゃうぐらい好きな人がいるんだ。

「実はもう、名前も決めてあったんです。男の子なら立。女の子なら士栗って」

 ふたりっきりのときに、原村さんはそんなことを教えてくれた。

「それでその、相手の人、なんですけど……いえ、やっぱり……いいです」

 相手の人のことを話そうとしたらしい原村さんは、恥ずかしいのか、赤面して俯いてしまった。
 口に出そうとしただけでもこうなんだ。
 原村さんをこんなふうにさせてしまう相手って、いったいどんな人なんだろう。
 いいな。
 私も、こんなふうに想われてみたいな……。

 いま思えば、私が原村さんへの気持ちをはっきり自覚することになったきっかけはその一件だったのだと思う。でも、当時の私は、将来の自分を取り巻く環境がいったいどうなっているかなんて、想像すらしていなかった。私がいくら原村さんと一緒にいたいと思っても、そのときはまだ、様々なしがらみがそれを許してくれなかったのだ。
 しかしいくつもの夏が過ぎて、度重なる法改正の波の中、医学の世界では女性同士でも子供を作る技術が確立されるなど、様々な変化が訪れた近頃となっては彼女と私の関係を阻む障壁はほぼ完全に取り払われていて――

 意外なことに、プロポーズは彼女からだった。

「宮永さん、私と……けっ、結婚してください!」

「はっ、はい! ――え!?」

 意外というのは、そもそも付き合ってもいない段階だったからということもあるけれど、主には、私はずっと、彼女には他に思い人がいるのだと思いこんでいたからだ。
 それが誤解であったということを、私は入籍してからしばらくあとで知ることになった。
 ベッドの上で二人で語り合った思い出話によって、昔の妊娠騒動の真実が明かされたのだ。
 彼女が私の寝ている間にしていたことを聞いたときはとても驚いた。でも、今さら怒っても仕方がないし。それに、怒ったりするよりも、相手が私でよかったという安堵の気持ちのほうが強かったから、罰を求めた和さんにはその夜、同じことをして返してあげた。

 彼女を包んでいた一枚のネグリジェをベッドの横にどかせると、彼女を隠していた清純は欲望に染まることを躊躇わなくなる。
 仰向けになり、欲情に潤んだ眼差しでうっとりと私の手を見ている。
 子供を産んでなお崩れていない彼女の豊潤な体の線は、触れるだけでも行為者を虜にさせる魅惑的な曲線を描いている。私はそんな彼女の豊かすぎる乳房に口づけをしながら、手は脚を撫でて太腿の方へと、そして彼女の鋭敏な部分に指を這わせた。
 指で優しくさするたびに、呼吸に交じった甘い嬌声が潔白なベッドを淫靡に彩っていく。

「はぁ……ぁ……」

 彼女が奏でる淫楽は、彼女自身の昂りの表れであると共に、私にも官能の愉悦を与えてくれる。
 そんな彼女の熱っぽい吐息を聴いていると、やがて溢れ出ていた互いの蜜。当時の彼女は私のそれを指に絡ませてこっそり自分を慰めたらしい。
 私がそれと同じことをしても彼女への罰にはならないので、私は自分の蜜を中指に付着させると、彼女の蜜と混ぜ合わせるように彼女の奥深くへと挿し入れた。

「んん……っ!」

 彼女の狭い秘部は抵抗しながらも私を受け入れて、密かに、くちゅっ、と、いやらしい音をさせた。
 入り込んだ指で中を掻き回しながら、さらに私の親指は彼女の鋭敏な種子を刺激する。手を動かすたびに、彼女は操り人形のように身体をよじらせる。上体にかかっている長い髪が艶かしく踊っている。
 上気した顔は快楽の色に彩られ、淫らに細められた目にはうっすらと涙が浮かんでいる。

「和さん、可愛い」

 耳元でそう囁くと、彼女の体内に入っている中指が、きゅう、と締め付けられた。

「さ、きぃ……咲さぁん……ぁあ……はぁっ……」

 愛しい人の乱れる姿にのぼせ上がった私が唇で彼女の乳房の頂を求めると、すでに限界だったのか、彼女は突起を数回吸われただけで、「――――っ!」私の鼓膜を震わせる切ない悲鳴と共に身を反らし、絶頂を迎えた。

 ベッドの上で恍惚状態になっている彼女を見て満足した私は、罰に関する行為はそれで終わりにするつもりだった。
 けれど、そのあとも彼女があまりにも罰を求め続けるものだから、彼女がそれを望むのならばと、少しそれっぽいことをしてみることにした。
 それまではどちらかと言えば受け身がちだった私も、罰という名目上、そのときだけは彼女の肢体を強引に、あざが残るぐらいに乱暴に扱った。

「和さん……和さんが悪いんだからね。私に内緒で、あんなことをするから、こんなおしおき、しなきゃいけないんだから!」

「ごめ、ごめんなさい、咲さんっ……私は悪い女です……だからもっと……もっと私に罰を与えて、痛く、痛くしてください……ひぎぃぃぃ!」

 少しやりすぎたかなとも思ったけど、和さんはそれがどうやら気に入ってしまったようで、その夜以来、何度もおねだりするようになってしまった。
 彼女は気丈な性格なので甘えるのはいつも私のほうだったから、そんな姿が新鮮で可愛くて、ついつい応えてしまっている。
 季節は夏なのに。冬服に隠れた彼女の肌は、今ではちょっと、他人には見せられない。

 そんな変わった一面も知ってしまった今日この頃だけど。
 彼女への気持ちは、あの夏から少しも変わってはいない。

 現在は宮永和と名乗っている彼女の腕には、幼い士栗が抱かれている。
 旧原村邸のテラスで陽光を浴びながら、清流のような髪を風になびかせ、天使のような微笑みをくれている彼女は今や、私の愛しいお嫁さんだ。

<了>

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